四国 高知ボルダーの旅(消えゆく集落)

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■ 限界集落ということ ■

旅の後半訪れ拠点としていた仁淀川町・安居渓谷にある宝来荘は、仁淀川の支流 安居川の上流域の山岳集落にある。
渓谷に沿う断崖の林道は操作を誤ると谷底に転落しそうなほど細い。左はるか下に安居川、右は車の側面ギリギリに岩壁が迫り、所々で道が崩壊して仮補修がされている。
とてもこの先に宿泊施設があるとは思えぬと不安な気持ちで走っていくと、唐突に、数軒の連なった古民家が現れる。
険しく、ぐねぐねと急カーブを繰り返しながら林道をどんどん進む。山と渓谷の間に少しでも平坦な土地があると、そこに家が建っている。30分ほど走ると、我々がこれから3日間お世話になる宝来荘に到着した。

宝来荘は標高400mに立地。宝来山(標高1,051m)の山頂と山肌が、宿のすぐ背後に迫っている。
四国は山が近い。
裾野が長く穏やかな北海道の山とは違い、山容はとても険しい。

この地方では水の流れていない大きな崖を「瀧」と呼ぶ。
最奥だと思っていた宝来荘のもっと奥に、まだ数世帯の人が住んでいるそうだ。
この集落の一番奥の家に一人で住む秋恵おばあちゃんのお宅を訪問した。
おばあちゃんは息子さんに町に下りてくるように言われていた時もあったが、不便でも死ぬまでこの瀧を見て暮らしたいと思い続けて今もここに住んでいる。
おばあちゃんの家と段々畑からは、目前に深く重なった山々と、落差約300mの大きな瀧がよく望まれる。

安居渓谷の家々は、渓谷の合間の僅かな緩い傾斜地に点在して建っている。
かつて集落の主な産業は林業だった。傾斜地で焼畑を行い自給していたが、焼畑農業は昭和50年台半ばを最後に行われなくなった。
集落の祖先は何百年か前にこの地に移住してきた。
安居渓谷の集落出身で、現在宝来荘の管理等をしている井上さんのお宅には、500年に及ぶ先祖の家系図が残っているそうだ。

現在人々はこの不便な山の生活を捨て次々と下界に移り住んでいる。
隣の山の椿川上流にある椿山地区では、明治24年に世帯数45軒・人数248人だったのに対し、現在は2世帯3人が暮らすのみである。
井上さんは、祖先の歴史と文化が消え去っていくのを食い止めようと様々な活動を行っている。


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