入船~奥沢

住んでいるうちに小樽の隅々を歩き倒してみる作戦。


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奥沢の高台にそびえたつ

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入船の古い町並


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住吉神社の裏手から見下ろす船舶

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水天宮の丘

水天宮の丘3
明治43年(1910年)の地図


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水天宮下の民家。人の住んでいる家、いない家。
「道」は草付きの土、時々石段。

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ノスタルジック

小樽に越してきました。


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街歩きが面白くて深夜や早朝にブラブラウロウロ
南小樽駅付近からの日の出

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お気に入りの水天宮から小樽港を見下ろす



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ブラタモリ札幌編(備忘録)

11/7放送のブラタモリ
まさに通勤路に、たくさんの古くて新しい発見があったのでそのまとめ。

旧市街
明治4年の札幌市街地


明治2年、地図の左上、本廟敷地と書かれた場所に札幌開拓本庁舎が置かれ、ここを起点に札幌市街地の開拓が行われた。市街地の南の末端は赤矢印で印した東本願寺札幌別院。

東本願寺
② 東本願寺正門 開拓本庁舎前の道を南に直進するとこの門に突き当たる。

市街地とは別に、同時多発的に札幌各地に農村が開拓されそれぞれ発達していった。
明治6年
明治6年の札幌周辺の地図
いずれ村と市街地が接続されるが、例えば山鼻屯田兵村は、きっちり南北に合わせて設定されているのに対し、既存の堀に合わせて街割りを進めた本府は、南北軸とずれている。
明治24年
明治24年の札幌
市街地と近郊農村のあちこちのつなぎ目でズレが生じ、そのまま現在の札幌を形作っている。

市電
①市電の通りは、山鼻村とのつなぎ目で不自然に折れている。
写真の順番と地図の番号が滅茶苦茶になりましたが

五丈原
山鼻村の北東、市街地とのつなぎ目。
南7西7、五丈原のあたり。道路交通的には嫌がらせとしか思えないつくり。

taiyo
③ 山鼻村の北の末端。南北の道がここで途切れている。


札幌は歴史が浅いから面白いものは無いと思い込んでいたが、どのように現在の町が出来たのか、それを探っていくことは、年数の長さに関わらず面白いと思った。
大規模な干拓の歴史や新川、薄野の誕生など面白い内容満載だったが疲れたしまだ現地に行って見てないので今日はここまで。(続きはない。)
おやすみなさい。
プロフィール

rie

Author:rie
山とスキーとスノーボード。

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